2019年4月27日土曜日

桜流し


開いたばかりの花が散るのを/「今年も早いね」と残念そうに



春の終わりになると、宇多田ヒカルさんの「桜流し」を聞きたくなります。少ない歌詞ながら、洗練された言葉に心打たれます。「桜」という言葉を一度も使わずに、桜がはらはらと散っていく様を鮮やかに描く繊細な言語感覚に、いつも脱帽します。



この歌は精神を患った母親を思って書いたものであるとか、東日本大震災の被災者を思って書いたものである等の考察がネット上でなされています。この歌の本当のバックグラウンドは、本人のみぞ知るところです。しかし、真実はどうあれ、歌詞の内容からは何かしらの喪失に伴う悲しみと、それでもなお一人で生きていこうとする決意を感じますね。

 

さて、私はつい最近ブログを始めたのですが、そのきっかけは、自分がうつ病になったことを通して思ったことを共有したいとの思いからでした。現代は、ブログやYouTubeInstagramなどのメディアを使い、素人でも自分の表現を公開できるのが容易になっています。宇多田ヒカルさんのような才能はないとしても、どんな苦しみも悲しみも表現に乗せることで昇華することができます。さらに、それが誰かの希望になれば、素敵なことです。そんな妄想を抱いて今日も私は言葉を紡いでいます。

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